メキシコ時代から指導者へ

タンピコでの様子

メキシコのタンピコで働いている時は比較的よく真面目に働いて、家族をきちんと養っていました。このタンピコの職場で労働争議をしているメキシコ人の言動や、無政府主義、共産主義などの様々な思想の元で、サンディーノの人格形成も大きく影響されてくることとなります。

しかしなが、生活は順調であったもののニカラグア人であることをなじられることもあり非常に屈辱的な扱いも受けてきました。この時の影響で、よりニカラグアという国の愛国意識が高まったと言われています。

その後、ニカラグア国内の自由党フアン・マリア・モンカーダ将軍が、保守党政権のディアスに対して蜂起し、護憲戦争が始まったことを父親からの手紙で知ります。その知らせを受け、サンディーノはすぐにニカラグアへ帰国することとなります。

アメリカ進駐軍への抵抗

サンディーノは抵抗戦争に勝利し、その結果コミンテルンから多大な支援を受けるようになります。コミンテルン南米支部の指揮下にあったパン・アメリカ反帝国主義者同盟がサンディーノを支持する声明をとなえることで、アメリカ共産党と共にアメリカ合衆国が介入することを押しのける反対集会を組織することができました。また、サンディーノの異母兄弟であるソクラテスが、ニューヨクでこれら反対集会の中で演説を行なっていました。


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